店主 内藤
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痛快!店主のひとりごと
店主のひとりごと Vol.522
神に祈りご とをしてはいけないのか?
2025.03.12

さて、この8日、9日は、1年ぶりの奈良の大三輪神社と久延彦神社に参拝に行かせて頂きました。

大三輪の神霊は、魑魅魍魎、低級霊などの邪気払いに、久延彦の神霊は、智慧を授かりに行くためです。

( ※ 背景は「参拝の功徳」で確認。)



ココで、一つ言っておきたいことがあります。


「 神様には、願い事を言ってはいけない 」


というものとは相反しているということです。


要は、神様には、ただ感謝するのみが正しい、みたいなことを言っている人がいます。



皆さんは、どう思われますか??


店主の考えはこうです。


神霊の前で、


「 どうか10億円の宝クジが当たりますように! 」


「 どうか年収が高くて、学歴も高くて、背も高い人と結婚できますように! 」


「 ユーチューバーになって、10万人以上のユーザーができますように! 」


などとお願いするのも一つです。


また、

「 売上が上がるための法則、仕組みのヒントを教えて下さい 」


「 お互い同士が幸せになり、足りないところを磨き合える人と巡り合わせてください 」


「 人が幸せになるための情報を広めたいので、もっと智慧を与えて下さい 」


というのもお願いです。


店主が何が言いたいか分かりますよね!


そうです! お願いをするにも、真の自分の向上や他人への貢献なしで、ただ、自分の欲を満たそうとするものはボツなのです。


そして・・・


神霊には、それぞれ役割分担、専門分野があります。


今から戦争をするのに、


「 お地蔵様、どうかこの戦いに勝たせて下さい! 」


は弱いのです。


それなら、毘沙門天などの戦さ専門の神霊に祈願するほうがコツを得ています。



‘ 神は全知全能 ’とは言いますが、


「 名前が違えば、働きが違う 」


というように、祈願の種類によって、祈る対象も違ってくるはずです。


これを神霊は、「 天 覚 」を得ると言います。


「 天 覚 」は、天の仕組みを悟るということです。


ちなみに、他には、「 人 覚 」「 地 覚 」というものがあります。


「 人 覚 」とは、自身の人格をいかにして上げることができるようになるか、を悟ること。


「 地 覚 」とは、いかにしたら徳を積むことができるか、を悟ること。


というように、人間の成長における悟りの状態も種類があり、その度合いを神霊は観察しています。


ですから、この神霊は、どんな働きをしており、功徳があるのか? を知ることも立派な悟りの一つとなっているのです。


神が人間を作った目的は、


「 人間が紆余曲折しながらも、絶えず、進歩、進化して全知全能の神に近づき、平和な社会を築くこと 」


であり、人格を磨き、社会への貢献の目的に沿えば、その努力の過程でいろんなヒント、ご縁を頂けるのです。


ですから、ただ感謝するのみよりも、自分の真の成長のための目標を祈願することのほうが、よほど神霊は喜んで頂けると確信しています。


そして、ここでまた非常に重要な内容があるのです。


それは、祈る対象について・・・です。


もし、神霊に祈願して、その願い事が叶ったらどうするか?


「 願いが叶って、良かった!! 」


で終わりの人が多分にいます。


つまり、願掛けは命がけでして、叶えば知らん顔! の人たちです。



この時、もし、その祈願したのが、龍神様やお稲荷さんといった動物霊であれば、大変です!!


「 なぜ、願い事を叶えてやったのにお礼に来ないんだ!! 」


ということで、病気や事故など、あらゆる不幸が後に襲ってくることになりかねません。


ですから、きちんとお礼ができない方々には、お願い事は決してしないほうが無難です。


私たち現代人は、このお礼をするということを忘れてしまっています。


戦国大名の中には、戦勝祈願をする時、10のお供えをして、勝てば20のお供えをしたといいます。


つまり、神霊からも祈願すれば、次の戦の時も応援して頂けるというリピートの功徳もあったのです。


ここの所は、非常に大切であり、人間社会でも当てはまる所が大きくなります。


このお礼ということについては、できるだけ祈願した所に行けば良いのですが、行けない場合は、家の中でもその神社をありありと思い浮かべて、感謝の念を送るようにすれば良いでしょう。


神霊は、人間の想念も瞬時にキャッチします。

( ※ 背景は「参拝の基本」で確認。)



ですから、1年に1回の参拝よりも、毎日の神社への想念、感謝のほうがよほど効きます。


その毎日があっての参拝こそが最高であることは当然です。


また、自分を離れたほど、神霊は動いて頂けるということも事実です。

誰かのために、社会のために・・・と思って行動する人には、祈らずとて神霊は護りに入ります。

まさに、神がやらんとすることの地上の代行者となるからです。